薬剤師夫婦の日常

子供のことや薬の話

【診療の側に】薬剤師の存在意義

 

薬剤師夫婦/夫です。

 

医療の目的は疾患を治療すること。

 

チーム医療は疾患に対して様々アプローチする。

 

アプローチ方法の決定は司令塔の医師。

 

指示を受けたコメディカル(患者含む)が実践する。

 

薬剤師は治療の武器となる薬物の適正使用に努める。

 

薬に関わる他職種に助言を行い、患者には服薬指導を行う。

 

その中でも、処方権を持つ医師に対して、最新の情報にアップデートさせ、情報提供する事は治療の根幹に関わる重要な役目。


「この人類天疱瘡の原因になる薬物のんでるかな?」

「この場合の膀胱炎に何使えばいいと思う?」

「腎機能的にこの用量で問題ない?」

 

医師も何かしら疑問を抱えながら診療している。

 

『自分の治療のエビデンスは最新か。』

 

後からくる疑義照会より処方の瞬間(とき)に疑問を解決できれば効率が良い。

 

そこ(診察室)に薬剤師への加算をつけるべきではないかと個人的には思う。

 

臨床現場では理論的に正しくても実際は異なる場合が沢山ある。

 

医師は自身の判断で治療し、効果を直接評価している。

 

これはガイドラインやメタ解析(エビデンス)によるものとは限らない。

 

一方で薬剤師は(特に院外調剤薬局は)、間接的にしか評価できない。

 

(そもそも院外薬局の薬剤師のほとんどは保険調剤を担う保険薬剤師であり、杓子定規に業務を行うことを原則としている。)

 

医師と薬剤師の関係は、鬼滅の刃で言うところの鬼殺隊と刀鍛冶の関係に似ている。

 

使う者と作る者の関係。

 

ここで言う薬剤師と刀鍛冶の最大の違いは、薬剤師は薬を作ってはいない。

 

正しい使い方を知ってるだけ。

 

「人を切った事がないやつに正しい切り方が分かるわけない。」

 

理屈としては合っているが、薬の場合は「正しい切り方」(正しい使い方)は刻々と変化する。

 

よりエビデンスレベルの高い方が採用され、10年前に存在して治療に使われていた薬が存在しなくなっていたりもするし、ガイドライン改定前には記載内容とはかけ離れた治療が現場レベルで行われていたりもする。

 

情報の更新スピードが尋常じゃない。

 

当時は「これを飲めば治る」と言われ処方されていた薬が臨床的価値はないと判断された結果である。

 

今正しいとされている治療が10年後も正しいとされているとは限らないし、まれだとも言える。

 

従って常に最新のデータをもとにエビデンスレベルの高い治療、診療をしなければならない。

 

時に司令塔である医師の治療方針を批判しなければならないときもある。

 

薬物治療においてそれができるのは薬剤師だけである。

 

最近ハマってる漫画に呪術廻戦がある。

 

17巻 143話 虎杖を伏黒が諭す場面での伏黒の台詞。

 

「俺達は正義の味方(ヒーロー)じゃない。呪術師だ。俺達を本当の意味で裁ける人間はいない。だからこそ俺達は存在意義を示し続けなきゃならない。もう俺達に自分のことを考えてる暇はねぇんだ。ただひたすらに人を助けるんだ。」

 

ここでの「呪術師」を自分の職業に置き換えると感慨深く、奮い立たせてくれる台詞である。

 

私の現場にいる医師は、「呼吸器は任せた。」と潔い。

 

自分の専門外はより良い判断が出来る者に任せる。

 

任せられた側は責任も伴うので必死になって治療にあたる。

 

そこに信頼関係が生まれる。

 

好循環であり、理想的なチーム医療ではないか。

 

これからも限られた医療資源(人材含む)の中で、(各現場に呼吸器専門医がいるとは限らないし、主訴でない疾患に対して専門医にコンサルする事を本人家族が望むこともまれ)最大限良い判断をして診療にあたりたいものである。